夏の終わりのセンチメンタルは、いつだって私を惑わせる。
それは毎回急にやってきて、そして、急に居なくなるものだ。
With a Cigarette
「週末、ヒマ?」
自宅からほど近いファミレスの一席で、ドリンクバーとポテトだけで居座って何時間たったろう。
私の前に座る友人が、今日何杯目かのココアをぐるぐるかき混ぜながら問う。
「ん、確かバイト昼だから、夜なら暇だよ」
「お、マリちゃんの誕生日会、T駅のどっかでやるから来なよ」
T駅というのは私の地元の最寄り駅。田舎だけどギリギリ都内の、新宿まで早い電車で40分程度のローカル線の駅名だ。
で、マリちゃんというのは中学の頃からの友人。
ココアをぐるぐるしながら誕生日会に誘っているのは、これも中学の友人のマイコで、昼にバイトがあるのが私だ。
大学2年の頃あたりからだったか、地元の友人を誘って、なにかと毎月誕生日会が開催されることが増えた。(詰まるところ、皆暇だったのだろう。)
中学時代は特に接点がなかった人物もあれやこれやの繋がりでこの誕生日会に参加して、なんとなく地元の友人が増えた。
彼との2度めの出会いは、丁度この頃だ。
最初の出会いは小学生の頃にさかのぼる。
出会いと言うには大袈裟な、ただの同級生として、だけど。
しかもクラスも一緒ではないし、何の接点もない。
一学年60人程度しかいない小さな小学校だったからお互いの存在自体は知っていたが、だからなんだというわけでもなく、おそらくは一言の会話もないまま卒業を迎える。
中学もそのまま地元の市立校に進学した我々だが、ここでも同じクラスになることもなく、なにもないまま卒業。
そして、高校時代ももちろん何かあるわけでもなく、そして今に至る。
「マイコはプレゼントどうすんの?」
「どーしよっかな、なんか、本とか。かわいいやつ。マリちゃん好きそうな。バンは?またケーキ作るの?」
「そうね、ケーキかな。焼こうかな。」
大学時代の私は、地元のハンバーガー屋でバイトしながら、某エナジー飲料のキャンペーンガール的な仕事をしつつ、たまに大学へ行き、
実家暮らしということも手伝ってかなり悠々自適な生活を送っていたように思う。
そのハンバーガー屋で出会った当時の彼氏とも、大学入学当初からの付き合いでなかなか長く続いていて、大なり小なり悩んだりしつつも、楽しく日々を過ごしていた。
ケーキを焼いてしまうのもなんというか、今思うと、詰まるところ暇だったのだろう。
「バンのケーキは美味いからなぁ」
「ありがと。イチゴ売ってたらさぁ、イチゴタルトにしようかな。なかったらカボチャタルト。てゆか誰来るの?誕生日会」
「んー、私にバンでしょ?あとマリちゃんに、ナガタとモッタン、あとノブナガかな。あ、後、セナ君くるかも」
「セナ君?」
「うん。私も遊んだ事ないけど。ナガタが仲いいからね。バンはセナ君と小学校も一緒じゃなかったっけ?」
「一緒だった。けど話した事ない、気がする」
「うっそ、でもま、いいでしょ」
「うんうん。まあ私人見知りするけどね」
「えー、地元の人間にもするー?」
「するする、私の人見知り度なめたらダメだよ。あ、予約、したほうがいいかな?」
「あー、ね。そうだね。しとこっか。場所は?」
「いつものとこでいいんじゃない?」
いつものとことは、T駅近くの沖縄料理屋。チェーン店だけどフランチャイズで、それぞれの店で大分メニューやら雰囲気やらが違う、わりとおいしい居酒屋だ。
さっさと席予約の電話をいれて、ココアを飲みながら〆の一本をゆっくりと吸い、私達はなんとなく解散した。
週末、夕方にバイトを終えた私は、飲み行こうぜというバイト仲間のお誘いを断ってそそくさと原付で家へ帰った。
早朝に焼いておいたタルトケーキにトッピングを施すためだ。
カスタードクリームを手早く作り(最近は牛乳と混ぜるだけで簡単にカスタードができる粉が売っているので大変重宝している)ヘタをとったイチゴとラズベリー、ブルーベリーをならべる。
最後にヘタ付きのイチゴをいい感じに乗せて、艶出し用のシロップをハケで塗れば、おしゃれなカフェなんかでよくありそうなケーキの完成である。
タルト生地のあまりで作ったハート形のクッキーに、チョコペンで「Happy Birthday」の文字を綴ってケーキに飾り、慎重に箱に入れる。
時間が思ったより余ったので、朝から働いていた汗と油臭さを取るためにさっとシャワーを浴びる事にした。
バイト先のハンバーガー屋はキッチンとホールに分かれておらず、オーダーやレジうち、フード・ドリンク制作なんかも全部やるのだ。そのためバイト後はものすごく油くさい。
別に今までこんなの気にしたことなんかあまりなかったが、馴染みの深くない人間がくるというので、ちょっと気を使った。(と、思う)
シャワーを浴びてから着替える服も、なんとなくいつもよりも気を使ってしまう。
意識しているとかじゃなく、あまり知らない人間はそれがどんな人だろうとやはり苦手だな、という事を再確認しながら、シャツに腕を通した。
母に夕飯はいらない事と多分遅くなるという事を告げ、食卓にタルトのクッキー置いてあるからお父さんと食べて、と伝えると、ちょっぴり早足で家から10分ほどの駅前へと向かう。
集合時間の少し前にいつもの居酒屋へ着くと、店員に誕生日の子がいるからとケーキを渡し、合図したら出してほしい事を伝え、ようやく私の仕事は一段落した。
マイコやその他のメンツもチラホラと集まり始め、集合時間をちょっと過ぎたころに主役が登場する。
誕生日会であることは本人に伝えてあるので少々ニヤニヤしながらやってきた本日の主役は、くるなりビールを注文し、タバコに火をつけた。
バイト前にケーキを焼き、バイト中も何回も今日のバイト後の段取りを考えながら割とせせこましく動いていた私は、今日は休憩中に一本吸ったきりだったことを思い出し、タバコに火をつける。
「今日はあと誰かくるの?」
主役のマリちゃんが誰に言う訳でもなく聞く。
「えっとね、セナ君がくるよ」
「あ、セナくるんだ」
「そういえば遅いね、連絡してみる?」
「いやいいよあいつは、そのうち来るだろ」
マイコが携帯を取り出すと、セナ君と普段から仲のいいナガタが慣れたように言った。
「セナ君ってそんな感じなんだ、ゆるいね」
「バン仲良くないっけ、セナと」
「うん。しゃべった事すらないよ多分」
「まじか、意外だわ」
「そう?つーかセナ君ってどんな感じの人?私人見知りなんだけど」
「なんでセナに人見知りすんだよ、お前ら小学校一緒だろ確か」
「それマイコにも言われたけど、関係ないでしょ、小学校は」
深くタバコを吸い込み大きめに吐き出す。
「あとお前人見知りとか嘘着くなよ」
「なんでよ、人見知りだよ私は」
「だってあれやってんじゃん、あのバイト。なんだっけ、Rドリンク?キャンギャルっての?飲み物配るヤツ」
「あーやってるね〜…キャンギャルとはまたちょっと違うけど」
「あれなんかすごいじゃん、俺この前大学の前でもらったけど、すっげーフレンドリーに話さなきゃいけないやつでしょ」
「そう。すっごいキサクで可愛い女の子を演じなきゃダメねあれは」
「あれできる奴は人見知りとは言わんよ」
「だから演じるんだって。心までは許してないよ」
「誰もそこまで求めてねーだろ…。あーっと何だったっけか…セナはどんな奴って言ったらいいかなー。なんつーか、適当なやつだわ。お前に似て」
「おい」
適当とか言うなよ、と灰皿にタバコを押し付けた。
「ねーねー、どうやって配るのかやってみせてよ、Rドリンクのバイトのとき」
マイコが突然言う。
「え、なんで」
「だってあの人達なんかすごいんだもん。なんてゆーかさぁ、会話がプロだよね。私もこの前新宿の駅前でもらった」
「あ、まじで、どんな子だった?」
「派手な子だったよ、細くてかわいい。で、なんか、言い方悪いけど調子いい感じの」
「あー、うん。ごめん、バイトの子らみんなそんな感じだからわかんないわ」
「よくお前その中でやってけてるなー」
「うっさい」
「で、早く見せてよ、普段どうやってんの」
「こんにちはぁー、よかったらRドリンク飲んでみませんかぁー(ハート)」
「じゃ1本ください」
ぎょっとして振り返ると、顔だけは10年以上前から知っている男が立っていた。
「おせーぞセナ」
「わり、寝てたわ。なにバン、Rドリンクのあのバイトしてんの?」
つーかあれ、バイト?と言いながら私の隣に腰掛ける。
「あーうん、バイトバイト。やってるよ1年くらい」
「うおまじで、俺あれ大好きなんだけど。ちょーだいよ、次どこで配んの」
「決まってないけど、都内だよだいたい。あ、ここも都内か一応」
「どのへんでやってんの」
「んー人がたくさん居る場所かな。大きい駅前とか、大学前とか。イベントやってたらそこ行ったり」
「誰が場所決めんの?」
「自分たちだよ。普通2人組で行動するんだけどね、そのペアの子と今日どこ行くーって、当日決めてる」
「まじかよ、ちょー楽しそうじゃん」
「うん、まあね。くっそ楽だし。ダメだけど、友達の店とか、自分ちとかにケースごと置いてくときもあるよ」
ダメだけどね、と念を押しつつタバコをくわえると、火ぃ貸して、と、セナ君もタバコをくわえた。
「え、何、じゃあバンん家にもいっぱいあるわけ、もしかして」
「うん、あるね。この前うちにどっさり置いてった」
「うおおおマジか!くれくれ、少し分けて下さい」
「あーうんいいよ、いつでも取り来なよ」
「えーウソぉ…ちょー嬉しいんですけど…夢のよう」
「大袈裟だな…」
てゆかじゃああの変な車運転してるわけ?とか、Rドリンクのバイト話のおかげで流れるように実にスムーズに、
私とセナ君のファーストコンタクトは完了したのだった。
宴もたけなわ。
最後に蝋燭が鮮やかに灯された私のお手製イチゴタルトが登場し、各々プレゼントを渡すと、ケーキを切り分け食後のデザートを楽しむ。
「これめっちゃウマいね。マロンエ?」
マロンエとはT駅近くのケーキ屋の名前。その老舗のケーキ屋は地元民に広く愛されている。
セナ君はこのゼリーみたいなテカテカしてんのがいいとかぶつぶつ言いながら、ケーキを口に運ぶ。
「これバンが作ったんでしょ?」
「うん、そう。今回はベリータルトにしてみた」
「うっそ、すげー、これ作ったの?」
こんなん作れんのかよーとか興奮気味のセナ君を見て、子供みたいな人だな、とぼんやりと思う。
「あ!写真取ればよかった!くそー!」
「またすぐ作るよ。どうせ来月も」
「おいお前らなんでそんな普通な訳?」
「いや写真は撮ったでしょ。つーか毎回作ってくれるって。ねぇバン」
「うん。つくるつくる」
「あ?なんだつーことはこんなウマイの毎回食ってんのかてめーら」
じゃあこの余ったやつ俺食っていいでしょ?と、八等分にしたために一つ余ったピースにぶすりとフォークを突き刺した。
12時を回る頃に解散して、それぞれが帰路につく。
地元の飲み会は深酒をするわけでもなく、朝までぐだぐだ飲む訳でもなく、さっぱり飲んでさっくり解散する感じが好きだ。
私とセナ君は方向が一緒のため、最近だいぶ冷たくなってきた空気の中を二人並んで歩いた。
とは言ってもセナ君の家はT駅から徒歩5分ほどの所にあるので、ほんの少しの間だが。
この短い移動距離の間に、今日の誕生日会でおこった珍事件の話やら(地元の人間と一緒にいると、必ずと言っていいほどおかしなことが起こるのは何故なのか。大体腹がよじれるほど笑えることだ)、
近況なんかを話したりした。
大通り沿いのT字路に差し掛かれば、そこを向かって左に行くとセナ君の家はもう目の前だ。
「私ビデオ屋寄って帰るから」
セナ君の家とは反対方向のレンタルビデオ屋の方に体を向け軽く手を挙げると、あ、俺も行くわ、と、私と同じく右に曲がる。
この時、なんとなくお酒も入っていたし喋り足りなかった私は、素直に嬉しかったのを覚えている。
「何借りんの?」
「エヴァ」
「新しい方?」
「なんでよ、まだそれ映画館でやってんじゃん。古い方だよ、一から見直すの」
「えーまじかよ!ずりー!」
「君も借りたらいいでしょ」
「バン、序もう見た?」
「見たよ、公開初日に行って、もう3回見に行っちゃった」
「俺も俺も、初日に行った。で、3回見た」
「ふふ、お揃いだね。絵がさー奇麗だよねー」
「な。ラミエルとかなにあれ、なんであんな変形すんの」
「うわ、使途の名前言えちゃうとか、さてはエヴァ好きだな?」
「笑えば、良いと思うよ…」
「そういうのいいから」
レンタルビデオ屋は歩いて行くとちょっと距離があるところにあって(とは言っても駅から15分くらいだが)、酔い覚ましにはちょうど良い距離だ。別に酔ってるわけじゃないけどね。
私達はビデオ屋に着いてからもあーだこーだとベラベラ話しながら、借りもしないDVDのパッケージ裏を冷やかしたり、これはイイだのあれはイマイチだのCDコーナーを物色したり、
これは懐かしいやつだとか面白そうだとか、ゲームコーナーをぐるっと回り、UFOキャッチャーでワンピースやエヴァのフィギュアと格闘し、結構な時間が経ったころにようやく店を後にした。
店の前の自販機でコーヒーを買って、駐車場の縁石に腰を下ろす。
「あ、タバコないや。一本ちょうだい」
「ん」
セナ君はタバコのケースを縦にふり、器用に一本取り出して私に差し出す。
「ありがと。これ、アメスピ?」
「そ。の、メンソール」
ところで火ぃ貸して?とタバコをくわえたままフガフガと言った。
「アメスピってさぁ、なんか、固いよね」
「あー、な。持ちがいいよ。普段2本のところ1本で済む。気がする」
「あ、それ、コタニも言ってた」
「コタニもアメスピだもんなー」
コタニとは、小中が一緒の地元の友人。
コタニと私はマイコも交えてよく近所のファミレスで何をするでもなく集まっている。ドリンクバーのココアをこのメンツで飲み尽くしたこともある。
「コタニとよく会ってるよ私、最近」
「おー、コタニも言ってたわ」
「よく会うの?」
「そだなー、そういえばよく会ってんなあいつと」
「コタニがさぁー俺今ヒモ状態なんだよねー彼女のっ、て言ってたけどホントなの?」
「なんじゃそりゃ」
ブハっと笑って、咳き込んだ。
ちょっと、ダイジョブ?と背中を叩いてやる。
咳き込んでいることろ悪いけど、こういう地元の横の繋がりというか、自分の友達が当然様に友達であることが、なんだかいいなぁと、ぼんやりと考えた。
「そいやお前、専門通うの?」
涙目になりながら、これもコタニ情報だけど、と付け足してこちらを見た。
「あーうん。大学とダブルスクールしようかなって思ってる。コタニ専門通ってるじゃん?だから色々聞いたりとかね、してるわけよ」
「へー。そういやコタニに、俺の部屋のふすまに絵書いてもらった、この前」
「なにそれ楽しそう。見たい」
「おーいつでも見に来いよ。そんでお前も何か絵かいてよ」
「え、私かいちゃっていいわけ?」
「イーヨ。コタニが言ってたよ、バンは才能がある、俺にはわかるんだって。すげーどや顔で」
「なにそれ」
ブっと吹き出して、私も咳き込んだ。
重い腰を持ち上げて帰路につく頃には、時刻は深夜2時を回っていた。
通り沿いをまっすぐ下れば、先ほどのT字路に差し掛かる。そこを抜ければ同じ通り沿いがセナ君の家。そこをさらにまっすぐ行くと例のファミレス。そこの向かいの小道を入って用水路沿いをちょっと歩けば、私の家。
「んじゃ、気をつけて」
「ん、またね」
セナ家の前で軽く手を挙げて分かれる。
玄関を開ける音が後ろでしたと思ったら、突然名前を呼ばれた。
「番号教えて!」
振り返ると同時くらいに、やたら大きい声が通りに響く。
「声でか」
「あ、なんかボリューム間違った。番号教えて、iPhone?」
「うん」
「ほら、Rドリンク。もらわねーとだからさ」
そういうことか、と思いつつ、そういえばセナ君と話したのは今日が初めてだったことに、今更に気が付く。
近いうちにくるであろう連絡が、少しだけ楽しみに思えたのだった。
2013.09.06
オリジナルです。
自分の大学時代のことを思い出しながら書いてます。創作ですけど。
タバコ吸いながらだらだら話すのが大好きなのよってお話。
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