Voi che sapete #03
コックが男部屋に戻った後もおれはとても眠る気になんてなれないで、甲板で素振りをしている。
「そんなにナミさんが好きなら言っちまえばいいだろ」
先刻のヤツの言葉が頭をよぎる。そうかおれは…ナミのことを・・・
言われるまで気づかないとは、まるでガキだ。…いや、気づいていなかったわけじゃねぇ、気づかないフリをしていたんだ(と思う)。
だってこんな関係、おかしいだろ。
当然のような二股、ていうのか、一人の女を共有している今の現状。こんなの狂ってる。
「サンジ君と、何話してたの?」
片方だけにプレートをつけたバーベルを落としそうになる。ナミの気配に気づかないほど考え込んでたのかおれは。
「…聞いてたのか」
「なんだ、ホントにサンジ君と飲んでたのね」
「…あ?」
「キッチンにあったの。サンジ君て、一人じゃめったに飲まないじゃない?」
さっきまでおれが飲んでいたワインボトルをブラブラと見せて、得意気に笑う。
私とも一杯付き合ってよと、見ればもう片手に違う酒瓶をブラブラとさせていた。
そういえばこんな関係になったのはいつからだったか。
ナミと初めて寝たのは、こいつがこの船に乗ってからそう間もないころだ。今みたいに二人で酒を飲んでいてそんな雰囲気になっちまったんだ確か。どちらが誘ったでもなく、成り行きで。
次の日どんな面して顔合わせりゃいいかちょっと考えちまったが、こいつがいつもと変わんなかったもんだから、あぁ何事もなかったんだ、ということにした。
でも。性懲りもなくおれはまたナミを抱いた。仲間内で体の関係をもったことを多少後ろめたく思いながらも、また。
二度と体を合わせちまったらあとはもうなし崩し。まるでセックスをはじめて知ったガキのように、お互いの体を求め合った。
だからまぁ、あいつが、あのクソコックが仲間になってしばらくしてからナミに言われたことには正直度肝を抜かれた。
「私、サンジ君と寝たわ」
「…は?」
「サンジ君と、セックスしたの」
「…そうか」
「それだけ?」
「他に言うことあると思うか」
「…別に」
他に何が言える?
おれとナミは体こそ重ねてはいるが、愛だの恋だの、言い合ったことはない。
ましてや恋人の契りを交わしたわけでも。
愛のあるセックスとは、どんなものだろう。
言われてみればおれはそんなセックスしたことがない。女にまともに恋したことだってないんだ、当たり前かんなことは。
今までの人生そもそも女とは無縁だったわけだが、別に女を知らないわけじゃない。だがこの場合心じゃなくて体の話だ。
単純に性欲を満たすために女と寝たことはあるが、恋愛をしたことはない。
それこそ剣の道には不要な物だ。や、不要な物だと思っていた。
ナミのことは、仲間として大切に思っているし掛け替えのないもんだ。それはヤッた後も変わらずにいた。セックスした後だからって特別な恋愛感情とよべるような気持ちは湧いてこなかったが仲間としての大切さも変わらない。
つまり、気持ち的には何も変わらなかったんだ。
だが、あのコックと寝たことを聞いたとき。おれの中でふつふつと何かが沸き起こった。
これが恋心なのだとわかった今改めて思えば、まるで玩具を奪われたガキだな。
おれだけのものではないと分かった時から、独占欲のようなものが生まれた。
だが、おれはナミをおれだけのもんにしたいとは思っちゃいない。だからってあのマユゲに取られんのもシャクだが。
矛盾してるか?…自分でも思う、この言わば三角関係も狂ってるが、自分の思考も狂ってる。
「ちょっとあんた聞いてんの?」
「あ?」
「んも…何難しい顔してんの」
「…なんでもねぇ」
「はぁ…あんたね、もっと楽しそうにできないわけ?私と飲んでんのよ?」
「なんでお前と飲んでて楽しそうにしなきゃなんねーんだ」
「だってあんた、私のこと好きなんでしょ?」
「・・・ハァ!?」
「サンジ君が言ってたけど」
違うの?なんて首を傾げて。普通んなこと正面きって言うか?! つーかあのクソヤロウ…ナミに何吹き込みやがった……!!!
「…まぁそれはどっちでもいいけど。あんたは嫌なんでしょう」
「…なにがだ」
「今のこの三人の関係が」
「嫌っつーか…まともではねぇと思ってる」
「ふぅん…ま、それが普通よね」
そもそも、何が正常で何が異常なのだろうか。惚れた女を奪われたくはないが、かといって自分一人のものにしたいとも思わない、この感情は恋心と呼べるのか。
「おれは今のこの関係は狂ってると思う」
「うん?」
「…なんだ、…だけど、おまえを自分だけのもんにしたいとは思ってないが…」
「うん…」
「コックのもんになるのもシャクに触るんだ」
「・・・・」
・・・おれは・・・
何を言ってんだ…?
やっぱ酔ってんのかもな。ナミは考える風に瓶を口元にあててこっちを見ている。
「うーん…それはつまり…」
「・・・」
「いいってことじゃない?今の関係性が」
「・・・?」
「私を独占するつもりはないけど、サンジ君に譲る気もないんでしょ?」
「ああ…」
「じゃ、そーゆーことじゃない。あんたは今のままが理想なのよ」
・・・そう…なるのか?
確かに理屈っつーか、まぁ現状をみれば、そういうことになるな…でもおれは今の状態を狂ってると思ってるんだ。なのに、これが理想?…こんなの
「矛盾してる」
「恋とは矛盾するもんなのよ」
よくは知らないけど、と付け足して、景気良く瓶を煽った。
ナミが甲板を去ってからもおれは一人悶々として、恋についてちょっと考えてしまった。
08.12.11
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